2014年1月26日日曜日

命がけのリアル脱出ゲーム - トイレに閉じ込められたはなし -

■トイレのドアノブが壊れる

2014年1月25日 22時頃。友人たちと楽しんだベルギービールの余韻に浸りつつ、帰宅。
突然の雨に体を濡らし、熱いシャワーでも浴びたいところだったが、ビールの摂取に起因する尿意を解決するため、とりあえず部屋着に着替えてトイレに入る。

用を足し、水を流し、外に出ようとドアノブに手をかけて右に回すが、手応えがない。
訝しみつつそのままドアを開けようとするが、当然ドアノブに手応えがない以上、ノッチが引っかかったままで開くはずがない。

ん? 何かがおかしい……。

酔っていてドアの開け方を忘れたのかな? 右回しかと思ったけど左回しだったかもしれん。

もう一度、次はドアノブを左に回す。…が、手応えなし。

うっかり鍵をかけてしまったのかもと思い、鍵のつまみを回すも、やはり空回りするばかりで手応えがまるでない。なにをどうやってもドアのノッチが開いてくれない。

これは…まさか…閉じ込められたのか…。

長い闘いのはじまりである。

■自力脱出を試みる

我が家は妻と2人暮らしである。土曜日の夜、普通なら妻がいる。さして広い家でもなし、大声で彼女を呼べば通常ならかけつけてくれるはずである。

が…しかし…。

妻はIT業界の闇、デスマーチに巻き込まれ、休日出勤の只中にあった。22時にもなるというのに帰ってきていない。デスマ滅んでしまえ。ブラック企業ごと滅べ。この世から。跡形もなく。

雨に濡れて体も冷えている。いつ帰ってくるともしれないデスマーチ中のITエンジニアの帰宅など待っていられない。まずは自力脱出を試みる。

脱出の鍵はやはりドアノブである。ドアノブが故障しているのはもはや明白であるが、これをなんとかしないことにはドアは開けられない。現状確認だ。

どう回しても空回るこのドアノブは、調べてみると左にいっぱい回した状態から、右にいっぱい回した状態まで300度ほど回転する。1回転より若干少ない。
そして、ドアノブの中心に鍵をかけるためのつまみがついている。これも空回りするが左右に回転する。

これらの組み合わせで、なにか運良く一瞬でもノッチとドアノブが連動しないだろうかと試してみる。

左にいっぱい回した状態で、鍵のつまみを左右に動かす。次に右にいっぱい回した状態で、鍵のつまみを左右に。これをドアノブを少しずつ動かしながら根気よく組み合わせを試していく。直交表が手元にほしいところであるが贅沢はいえない。頭にExcel方眼紙を思い浮かべながら全てのパターンを網羅する。

…が…開かずっ…!?

空回りしているのだから当然か。ドアノブの組み合わせによる解放は早々と諦める。

次にガチャガチャと力任せにドアノブを乱暴に扱ってみるが、なにも起こらない。刑事ドラマで、密室殺人発生時に強引にドアをぶち破っているシーンを思い浮かべ、肩から力任せにドアに体当たりしてみるが、肩を痛めただけでドアはびくともしない。

…なんて堅牢なドアだ…。たかだか室内のトイレのドアをここまで頑丈にする必要がどこにあるんだ……。

少し心を落ち着けて、冷静に現状を確認して脱出の手立てを検討することにする。

■トイレの密室感は異常

脱出するために、自分になにができるのか。今ぼくの手元にはどのようなカードが配られているのか。それを確認する。

外部との通信手段さえあればどうとでもなるはずだが、大便のときならともかく小便をするだけのためにわざわざ個室にiPhoneを持って入らない。

外部との通信手段は皆無である。

次に室内を見回す。

まず、トイレ清掃用のブラシが便器の脇に設置されている。あとは予備のトイレットペーパー、そのトイレットペーパーを設置するために芯を貫く棒。トイレクリーナー的なもの。これだけ。

……そう…これだけ…。

トイレの室内に工具などあるはずもない。ドライバーの一本でもあればドアノブを外すこともできる。しかし、何もない。

一般家庭のトイレの個室の中には、何一つとして脱出に使える道具はないのである。

ここで、子どもの頃に読んだ冒険小説を思い出す。冒険小説の主人公は、一見するとなんの関係もない道具をうまく応用して使うことで、サバイバルを切り抜けていた。ぼくにもやれるはずだ。考えろ。極限まで思考を巡らせろ。

まず、何か硬いカードのようなものをドアの隙間に押し込んで、ノッチを外せないかと考えた。

トイレットペーパーの芯は結構硬い。これをある程度の強度を確保しつつ平らに加工し、使えないものだろうか。

結論からいうと、ダメ。外側からならともかく、内部側は、ドアがこれ以上内側にいかないように枠がはめられていて、それが邪魔をしており、ドアのサイド側の隙間になにかを差し込むことができないようになっている。

トイレットペーパーはどうやら脱出には使えそうにない。

次にトイレットペーパーを設置する棒をなにかに使えないかと考えた。

ドアを見ると、下部に手のひら程度なら通過できるくらいの大きな隙間が開いている。ここに棒を押しこみ、テコの原理でドアの一部でも破壊できないものか。

……えいや!!

勢いにまかせて棒に力を込めると、バキッ、という音とともに手応えが…!?

……棒が折れた。

もうだめだ…。密室すぎる…。残されたトイレクリーナーとトイレブラシをどう応用したらドアを破壊することができるというんだ……。こんなもの、トイレ掃除する以外の使い道なんて思いつかない…。

床にしゃがみ込み、絶望に打ちひしがれる。もう妻の帰りを待つしか無い。ドアの下部にあるこの隙間。ここからドライバーさえ渡してもらえたら、ドアノブを外すことができるし、脱出の手段は劇的に増えるだろう。iPhoneだって手に入る。

しかし、これがもし1人暮しだったらどうか。脱出の手段はゼロ。我が家にたずねてくる人など、Amazonからのお届け物を持ってくる配達員以外いない。しかも今はAmazonに注文しているものも無い。

…餓死するしか無いじゃないか!?

突然襲い来る死の恐怖。寒い。喉が渇いた。トイレの水って飲んでも平気なんだろうか。飲んでお腹を壊しても、トイレだしそこは大丈夫そうだな。

様々な思考が脳内を駆け巡り、トイレの床に体育座りでリアルに泣く、35歳の男の姿がここにあった……。

■妻の帰宅。ついに脱出にむけて光明がさす

永遠にも思える時を、トイレの個室の中で過ごす。時折隣の部屋の住人がトイレを利用するする音や、外の廊下を別の部屋の住人が歩く音などが聞こえ、その度にドアや壁を叩いて存在を主張してみるが、何の反応もない。

気が狂いそうだ。

どれくらい経っただろう。我が家の玄関が解錠される音が聞こえる。

!!!!?? 妻が帰ってきた!!!!

立ち上がり、ドアを力いっぱい叩く。「助けてくれ!!!! 閉じ込められた!!!!!」

事情を説明し、例のドアの下の隙間からiPhoneとドライバーを手に入れることに成功。

これで勝てる!!!!!

少し余裕が出てきたので、iPhoneを使ってTwitterにつぶやく。

瞬く間に大量のRT。
お前らRTしてる暇があったら助けろ! ksg!!

しかし、さっきまでのぼくとは違う。今は手元にドライバーがある。
慎重にネジを外し、ドアノブをドアから取り外す。これでなにか手がかりが得られるはずだ。


結果がこうである。
真ん中の四角い穴。これをどう回しても、ドアにはなんの反応もない。どうやら完全に壊れているようだ。
僕はドアノブを外して何がしたかったのだろう。完全に詰みだ。内側からできることはもう何もない。

なんなのだこれは。いくらなんでも密室すぎるだろう。もっと安全側に倒して設計しろよ。トイレのドアをここまで堅固にして、いったい誰が得をするのだ。もうだめだ。自力でできることなど何もない。ここはもう、業者を呼ぶしか無い。

業者に連絡する。深夜ということもあって、到着まで4, 50分かかるという。ここからさらに1時間弱待つのか…。

ここからの1時間は妻を待っているときの絶望感とは打って変わって心穏やかだった。脱出の糸口が見えていたし、TwitterでRTされまくって100近い励ましのリプライをもらっていた。もうぼくは1人ではない。あと50分。耐える! そして生還してみせる!!

■神の使い。業者がやってくる

玄関のチャイムが鳴る。深夜2時。閉じ込められて4時間近く経過していた。

やっと業者がやってきた。妻と金額の話をしている。

払う…!金ならいくらでも…!! ここから生きて出ることさえできたなら…!! 払う! 払わざるをえない…っ!

業者の話によると、ドアは完全に壊れており、ドリルを使って内部の金属を破壊するしかないという。なんだそれ。自力では無理ゲーすぎるじゃないか。1人暮らしだったらマジで詰んでるぞ……。

深夜のマンションに響き渡るドリルの音。ご近所の皆さんに申し訳ない。しかし仕方がないじゃないか。こっちは生き死にがかかっているんだから。

金具が完全に破壊され、ドアが開く。やっと外の世界に出られる。生還だ。まだもう少し、人生を生きることができる…。

見事な業者の仕事ぶり。プロの仕事である。神すぎる。

こうして、ぼくは脱出することができた。
最初の閉じ込めツイートのRTは300を越え、いつのまにかフォロワーが40人増えている。

…お前ら……。

最後に記念に作成した悪循環コラを掲載し、このエントリを終えようと思う。

応援してくれたみんな。本当にありがとう。